パレーシアと自己開示

パレーシアとは「包み隠さず話す」の意味を持つ哲学用語らしい。女子が男友達の恋の悩みを聞いてあげるというテーマの曲名になっている。

 

オタクなので恋の悩みとかに関してはまあ分からないとして、

包み隠さず話す、というのは心理学用語で言えば、「自己開示」という言葉になるだろう。

自己開示とは自分のプライベートな情報をありのまま伝えることである。自己開示は人とのコミュニーケーションに必須であり、特に自己開示ができる人ほど他人と仲良くなりやすいと言われている。

というのも、人というのは自己開示された相手に対して、自分も自己開示しなければ、という気持ちが生まれるからだ(返報性の原理)。そうしてお互い深い話をすることになるので、親しくなりやすい。例えば、悩み相談をした際に、相手からも自分も〜、と悩みを打ち明けられることで話が深くなりお互いのことをよく知れるというのはある。

自己開示の有無というのは友人関係を測る1つの指標になると言える。

 

ところで、大学時代に友人関係についての研究をしようとしたことがあった。ただ大きな問題が一つあった。

「友人である」、「仲の良さ」というのはどうやって測ったら良いのだろう。そもそも人はどういう基準でその人は「友人」だったり「親友」であると考えるのだろうか。

 

一つの指標として、自己開示ができるか否か、ということで判断しようかと思った。しかし、仲の良い人ほど話したくないという話題もあったりするし、今後友人関係にならなさそうなので逆に話せることもある(陰キャオタクだからというのもあるかもしれないが)。

それなら会う回数や連絡を取る頻度などで判断できないだろうか。これも「そんなの相手の性格によるでしょ」という結論が出てしまい、仲の良さとは関係がないような気がしてしまった。

結局考えれば考えるほど、仲の良さとは何なのか分からなくなってしまい、友人というものを扱うのは諦めてしまった。それから何年も経つが、どうしたらよかったのかは未だにわからない。

 

そんなことより、人と全然仲良くなれない自分が友人関係について研究しようとしてたのが面白い。逆に友人関係について深く考えてすぎてしまう人間なので人と仲良くなれないのかもしれない。